特別企画『旧街道ウオーク』美濃街道ウォーク第5回目のご報告

旧街道ウォーク16回目 美濃街道ウォーク第5回目(全6回シリーズ)のご報告です。

開催日時7月6日(日) 9時~18時20分

集合場所:JR福井駅東口  ゴール場所:白馬洞 17時 ゴール後チャーターバスでJR福井駅へ移動 18時20分到着 

スタート:9時

コース:JJR九頭竜湖駅~九頭竜ダム~穴馬総社~白馬洞

距離:19km

ウオーク概況:涼やかな風が吹いて絶好のウォーク日和。道の駅の駐車場でウォーミングアップ。それを駐車場でやったというので文句を言われたみたい。ガラガラなのに狭量なことだ。 ダムまでの取りつけ道路以外はずっとダムを右側に見て歩くので、旧街道とはいうものの、本物はすべて湖底にある。名所旧跡も湖底で静かに眠っている。それでもう、ひたすら歩くのみ。せめて道路下の木を少し切ったら、湖面のさざ波なども見えてよかったろうに。 この集団、ハタから見たら物好きに見えるだろうね。バスをチャーターして、この山奥までやってきて、照り返しの道路をてくてく歩くだけなんだから。「私もここに参加するまではそう思っていた。アタマがおかしい人びとか、新興宗教の集団かと思っていた」という。なるほどね。でも、本人は大真面目で、とても楽しく歩いているんですよ。 ただ歩いているだけではない。緑したたる大自然はわれわれの気持ちを慰めるには十分だ。 スイートコーンはもう頭髪を広げている。真っ赤なタチアオイ、清楚なアジサイ、十文字のドクダミ、ポンポンのアカツメグサ。気の早いブジバカマとハギ、一番めだつトラノオは尻尾をわずかにたらしている。ネムの綿毛が目立ちはじめた。芭蕉は「雨に西施(せいし)がねぶの花」と詠った。ネムの綿毛は雨を含むと、絶世の美女・西施を髣髴(ほうふつ)とさせる、というのである。 道路のわきは1mほど刈り込んである。刈り込めば、すぐに新しいワラビが萌黄色の芽をもたげる。「あのワラビはね、ナツワラビというので珍味なんでよ」「あ、わたし、採りたい」「枕草子にででくるの」「えっ、清少納言も食べたの」「清少納言がグルメだったかどうかは書いてないけど、珍味だって書いてあるよ」ただ、名物の速歩は変らないから、そんなものを採取している暇はない。だーっと行ってしまう。 おっと、右手に畳半枚分ほどの看板。なんだこりゃ。「魚の魂の碑、と読めるよ」なんのこっちゃ。ちょっと道路を横切って近寄ってみる。「危ないぞ」と叱られたが、見たいことに変わりはない。「魚(ぎょ)魂(こん)碑(ひ)」と書いて、小さく「奥越漁業組合」とある。このダムは上流に人家があるから栄養素が豊富で、一旦網をいれると、100匹単位のコイが獲れるのだそうだ。獲った魚の供養をしたいのだろう。さすがは、真宗王国の穴馬人。こころがやさしいね。 ダムは二つ。下のほうは「鷲ダム」。「ワシが棲んでいるの」「いやいや、沈んだ在所の名前。昔はワシがおったのかもしらんがね」。もう一つ、これが九頭竜湖。ロックフィルダム。岩を積み上げて水をせき止めた。「なんで水が漏らないんやろね」。ダムでフクピンさんがネコババしたとかいう話は誰が言い出したの。今年は空(から)梅雨で水位が低い。「ここの発電所の出力は最大27万キロワット。でもね、原発は一基で120万キロワット、しかも休みなく稼動するから、一日に億単位の金になる」「でも、そんなもんは安全じゃねえよ」「そりゃ分かっとる。でも、例えば鯖江市の2万戸が全部太陽光発電を設置したとして、日中しか稼動せず、しかも6万キロワットにしかならん。原発は魅力的やろね」「何とでも言え。命にはかえられんわい」。はいはい、まあ、正論でしょうね。福井地裁もそういったけども。 ダムサイトで昼食。花壇にはブルーサルビア、コリュウス、ゼラニウム。金がかかっている。ヤマボウシの花がまだ咲いているし、ナナカマドはまだ十分に青い。青いさざ波を見ながらの昼食。こころが和む。これが原発サイトなら不気味だろうか。 ポツンときた。「おっ」、おしめりだね。ところが歩き始めて徐々に大きくなる。土や砂ではないが、とにかく降ってきた。パラソルの花々。ああ、無情の雨なり。「このかわいい黄色い花は? 」「ああ、花はたいてい何かに見立てるのです。これは何に見立てたらいいでしょう」「………」「ほら、細いツナでボートを吊り下げたみたいに見えるでしょう」「うーん、そう言えばそうかな」「だからツリフネソウ、優雅な名前をつけたね」。皆勤女性・井上さん「私はここの小学校に通ったのよ」「へえ、そうですか」「親が赴任していてね、それで泳ぎもスキーも覚えたの」それが「大谷小学校」。今は湖底に。 箱ケ瀬の赤い橋がみえてきた。もうゴールはまぢかだ。箱ケ瀬トンネルの手前で、タニワタリの鶯の声を跳ねのけるようにして、ホトトギスが一声。「おっ」と思ったが、それで終り。まあ、平安貴族なら、この一声で満足して眠るのだが、われわれはあと4キロほどを歩くことになる。 穴馬総社。荒涼たる丈なす雑草の中にイシブミが四基。「面(おも)谷(たに)住民祖先之霊碑」「伊勢湾台風犠牲者菩提(ぼだい)」「明如上人御巡(じゅん)錫(しゃく)記念碑」「水没無縁仏合碑」とある。水没時に、すでに無縁になっていた墓を処分したまではいいが、それではなんだか寂しいので、この碑を建てたものとみえる。誰もこれを弔う者がいないに違いない。ここに生きた人びとの証がこうして風化していくのだ。歴史の襞(ひだ)の中に埋没してゆく。悠久の自然と有限の人事、はかない運命の人間を思う。 昭和35年、私はこの地に赴任した。最初に言われたのが、冬は南極並みに越冬物資を用意すべきこと、道で突然熊に出遭ったらどうするか、であった。また、男女とも一人称は「オラ」だった。妙齢の上品なお嬢さんが「オラーはのう」と来た。百年の恋も醒める思い。が、夏の清流、秋の紅葉、冬の温もり、そして長い抑圧のあとにくる春の爆発的な喜び、何よりもこまやかな人情のなかで、私は貧しい青春を謳歌した。つわものどもの夢の跡がいま、すべて湖底に眠ってしまっている。あの朴訥(ぼくとつ)な人びとは、散り散りになって都会へ出て行ったのだが、彼らは今、どんな思いで、どこに住んでいるであろうか。

・数々の歴史を抱(いだ)きしづもれる

  九頭竜湖畔にウォーカーの群れ

・君知るやつはものどもの日々はみな

  冥(くら)き湖底の永遠(とは)の眠りに

  日本は今、福祉国家だ。みんな年金でこんな営みができる。30年前と比較すれば明らか。が、もう政府がもたない。じわりと削り始めた。どうしたもんだろうね。目的の白馬洞に着いたのは、2時20分。次のことを考えてもう少し歩いたらいいなと思ったが、終るという。 さて、来月はいよいよ美濃街道ウォークの最終日。油坂越えで、少し上りになるかと思うが、頑張りたい。県境はいわば最果ての地。諸君、かの地にて、いざや、あいまみえん。

再見(ツァイチェン)。         (竹原)